最近、野外テストもかねて徒歩で通勤しています。
自宅から仕事場まで、片道2km 約20分強。
ゴムなしの【足半】で5日。
毎回、脱いだ後が感動的。
仕事場はフローリングなんですが、上質の絨毯の上を歩いているような、不思議な感覚になります。どんなモノにもあわせる、柔らかいクッション材に変化している。
ちなみに裸足で通勤もしてみましたが、この感覚があんまり出てこない?
【韋駄天】で5日。
これは雪駄感覚で普通に違和感なく、外を歩き回れますね。
すっかり踵が出ていても、慣れてきたところで【極】。
これもいい。野外だと底の消耗が激しい。特に地面や芝生ならいいんですが、アスファルトと竹皮は相性が悪い。
室内にあがる前に、足をよく洗う。手洗いと同じ要領で、指と指の間、爪の間を念入りに、特に汚れる踵は、亀の子たわしでゴシゴシワシワシ。
靴を履いていたときは、履きっぱなしの脱ぎっぱなし。
足は1日コップ1杯分ぐらいの汗をかくので、3足ぐらいをローテーションで履いて、キチンと乾かすのがいいといわれていますが・・・こんなに履物(足)を手入れしたのは、小学生の頃に川で遊んで泥まみれになったとき以来かも(笑)
すっかり足半生活ですが、再認識させられたのは、足というのは運動器であり、感覚器(入力装置)だということです。
アスファルトは硬く痛い。工事中のところを、どうぞ〜なんて通されましたが、引き立てのアスファルトはとても熱かった(笑)
打ち水をしているところは、ひんやりと冷たく、公園を横切ると、土はなんてやさしいのだろうと感じます。
コンビニやスーパーの店内は氷の上を歩いているように、おそろしく寒い(笑)
靴を履いていてはまったくわからない情報がそこかしこにあります。
シューズメーカーの最大の罪は、足は感覚器という点を無視したこと。出来る限りの手を尽くして、足を保護してしまった。
まるで美術品を梱包するように!
壊れないように、動かないように、大切に!
この点をもう一度考え直す時期にきたのかもしれない。
姿勢制御のところでも書きましたが、足裏メカノレセプター、各筋肉・腱の受容器(筋紡錘・腱紡錘)からの情報により、全身のバランス、連動連鎖運動がおこなわれている。情報の入力がなければ、どうやって制御するのか? 脳が知らないことは、そこにあっても無いことになる。
それでも人の身体はよくできていて、少ない情報でも視覚や聴覚の情報を元に、自動調整をして平均を保とうとする。
だから、多くの人は目を閉じる(視覚情報を遮断する)とふらつくのです。
目を閉じて、片足立ちを何秒できますか?
120秒を越えたら、かなり立派らしいですが・・・偉そうに書いていて、どんなモノかと試したら3分できました(ビール500ml 日本酒コップ1杯摂取した後30分・笑)
最近、子どもたちの運動能力低下、体力低下が叫ばれています。
しゃがめない子(ヤンキー座りができない)の増加、すぐに転ぶ、転ぶと捻挫ではなく骨折する、疲れやすい、肩こり・腰痛などの不定愁訴の増加、アレルギー体質、低体温・・・
しかし、感覚の低下 or 感覚異常によって情報が不足した結果の運動能力低下、ということはあまり問題になっていない。
赤ちゃんの足の骨は軟骨部分が多く、筋肉もなく、バランス的にも4〜5頭身ぐらいで立ち上がります。
感覚という情報入力があっての、運動機能です。
赤ちゃんは様々なモノを口に入れ、舐め回します。口の中は脳に近く、アレも様々なモノの感覚を覚え、免疫能力も強くしているともいわれています。
足は感覚器ということ自体もわかりづらい感覚かもしれません(苦笑)
例えば、手。
触覚・圧覚・温覚・冷覚・痛覚がフルに生かせるから、手に取ったモノがよくわかるのです。
厚手の手袋をしたまま生活をしますか?
わたしたちは、大切にしなくてはいけない部分を、まさに履き違えてしまったのかもしれない。
お後がよろしいようで(酔っぱらい)